うたかたの日々と夢うつつ

濡れた草の中の 青い小さな花 それはあなた それはあなた それはあなた

扇風機ノイローゼ

Kさんは、とても良い人だ。行動が早い。ぐずぐずのろのろぎりぎりの私とは人種がちがうのだろうなといつも思う。そして、神経質なところがある。

去年の夏、扇風機を買い替えた。ちょうどオレちんを飼い始めた年で、扇風機をつけたまま留守番させるときに、家が火事にでもなったらいかん。と思ったのだ。扇風機は十数年使われていた。

私が仕事から帰るとさっそく、Kさんが近くのホームセンターで買ってきた扇風機を組み立て終えていた。それをみて私は何気なく言ってしまった。

「羽根がちょっと揺れとらん?」

ただ、そんな気がしただけ。これがKさんにはいけなかった。Kさんの顔が困ったようになり、深刻になっていく。わたしは、しまったと思い 

「気のせいやら。そんな羽根がちょっとくらい緩くたって飛んだりしんし」

とにかくKさんの神経質が前面に押し出される前にどうにかしなくてはと思った。私はあまり物事を深刻に考える方ではないので、Kさんが神経質モードに入ってしまうとどうしていいかわからない。

その晩、Kさんはもう一度扇風機を組み立てなおし、じっと羽根を見つめる人になってしまった。どれくらい眺めていたのか知らないが、次の日には、扇風機を交換してもらってきていた。そして、組み立て、じっと羽根を見つめる。今度はKさんが言う。

「やっぱり、揺れとるような気がする」

もうこうなっては、私が何を言ってもKさんの心を動かすことは難しいので放っておいた。三度目、Kさんは、ホームセンターの展示品と替えてもらってきた。そして、じっと羽根を見つめる。キリがない。とにかく一日中扇風機の事を考えている。どこかに出かけても、外出先の扇風機を見ている。Kさんは扇風機に憑りつかれたようだった。Kさんも疲れていたと思うし、私も疲れた。

「もう、これでいいことにしよう」

私は言った。Kさんも大賛成というわけではなかったようだが、仕方がない。

扇風機の羽根の事をこれ以上考えるのはやめよう。

二人の総意だった。

今年はKさんが扇風機ノイローゼにならないことを祈る。