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うたかたの日々と夢うつつ

濡れた草の中の 青い小さな花 それはあなた それはあなた それはあなた

来年の手帳

九月になってぼちぼち来年の手帳が出る頃。

私はいつもどの手帳を買うのか、悩む。毎日の仕事は決まっているので、とりあえず出勤日に職場にいけばいい。プレゼンをするとか、打ち合わせがあるとかそういう予定もない。むしろ、手帳がいる人というとそういう人しか浮かばない自分の発想が貧困だと思う。子供の予定もない。ランチとか飲み会も月に一度もない。

私には、マンスリーで事が足りるはずだ。実際、使っているのもほとんどマンスリーのページで、そこに丸いシールを貼ってイベントごとに色分けをしてあるくらい。大きめのマスのマンスリーで充分。でも、でも、なんか来年こそは、いろいろメモをするのではないかと思って買ってしまう。来年こそは、観劇の感想をしっかり書こう。来年こそは、電車の時間を。日々の出来事を。ストレッチをやったかどうかのチェックを。体重を。と思い、それなりに書くスペースのある手帳を買ってしまい、空白が虚しく見えてしまう。

でも、やっぱり来年こそはいろいろ書こう。と思うんだけど。

 

高齢者施設はどっちみち孤立している

 台風10号グループホームが一つ犠牲になった。正直、仕方のないことだと思う。

近所の人と普段から連携して、と偉い人が言っていたが、縁もゆかりもない人が入っている老人施設を誰が災害時に助けなくては、と思うんだろう。入所している人が、どんな人なのか関心を持っているご近所さんなんているのだろうか。面倒なことに巻き込まれたくない、訳の分からない人と関わりたくない、それが本音じゃないだろうか。

高齢者施設は、昔、山の上とか交通の便の悪い、暗い、目立たないところに作られた。今は、病院と連携していることも多く、そうでないところも多いがそれでも建てるとなると近所の人から反対される。保育園のように子供の声が煩いわけでもなく、子供が飛び出してくるわけでもない。なのになぜか反対させる。やっぱり、嫌なのだ。得体の知れないものだと思っているのかもしれない。

老健、特養は、入所者が100人を超えるところもある。そして、夜勤は4,5人でやっているのではないかと思う。近所の人は、100人の高齢者が近くで暮らしているとは思わない。1つの〇〇という施設があると思うだけだ。緊急時、災害時に思いやることは難しいかもしれない。でも、普段から自分も含めてもっと、施設の中の人々に関心を持つよう意識ができたらと思う。

今から友達ってできるのかな。

限られた輪の中で生活をしている。うちは子供がいないので、本当に小さい輪だと思う。学生時代からの独身もしくは既婚子なしの友達(既婚子ありは子供の手が離れたら戻ってくるかも)、昔の職場での同僚と三か月に一度くらい飲み会をする。一番行き来のあった友達は、半年前に急死した。今の職場には、そこまでなかのいい人はいない。趣味の方でも、とにかく団体行動が苦手で一人で行動している。

でも、Eさんと友達になりたいと思った。Eさんとは今の職場で知り合ったけど、Eさんはすでに辞めている。一緒に働いたのは三か月くらいだが、私はEさんのことをとても尊敬している。Eさんと私は性質が似ている。お互いlineをしたり電話をしたりしては、自分の事をしゃべりすぎたのでは?と不安になる。昔からなのかもしれないが、人との距離の取り方が分からない。近づいて行っていいのか、遠くにいた方がいいのか分からない。近づきすぎてもたぶん駄目だ。いつか置いて行かれる。なんだかいろいろ考えてしまって、私は遠くにいた方が無難だし、安全と思うようになっている。Eさんに無事に近づいていけるのか。

お互い少しずつ近づいていけたらいいなと思っている。

それにしても、どうして子供の頃はすぐに友達になれたんだろう。

精神科医が自己責任だから。ということについて

もやもやしているので書いてみる。知り合いが仕事場での人間関係とか、仕事と子育ての両立とかで悩んでいて(彼女はシングルだ)、ちょっと、鬱っぽくなっていた。イライラするし、眠れない、たまに仕事に来れないなど。鬱の既往もあって、動けなくなるうちに病院へ行った方がいいんじゃない?という話になり彼女は総合病院の精神科を受診した。が、そこで自己責任論にやられた。

医師が、その仕事を選んだのはあなたでしょ。とかいうわけだ。嫌ならやめればいいということなのかもしれないが、子育てのことなどでけっこう彼女はがんじがらめになっていた。子どもは毎日、学童に通い、たまに母親に看てもらい、母親の都合がつかない日はDSを持たせて子供を仕事場に連れてきていた。そういう人、いっぱいいると思う。周りに頼る人がいない。人や時間に使うお金がない。それでも。一人一人の人は、その時その時で自分にとってできるだけいいと思う選択をしてきた。でも、その結果、行き詰ってしまった。心が壊れそうになってしまった。そうして病院を受診して、自己責任論を出される。これは、結構な破壊力を持っていると思う。抑うつ状態で考えがまとまらない、自尊感情が低下している時に、自己責任だと言われるわけだ。そりゃあ、自責感も増して、ますます鬱になりそう。やっぱり私が悪いんだ。のループから抜けられなくなりそうだ。

精神科医も一度くらいは鬱になってみたら。と言いたい。

 

オリンピックが終わりました

リオオリンピックが終わりました。私が一番印象に残っているシーンは、吉田沙保里さんがマットの上に突っ伏して泣き崩れているところです。私自身は、レスリングのルールもよくわからないし、オリンピックまじかになって、やっと主要選手の名前を知るくらいです。吉田沙保里さんは、CMや霊長類最強の女子と言われていることなどで知っていましたが、特に強い思い入れがある、ということもなかったです。だからというわけではないけど、年齢的なこともあるし、絶対金メダルと信じていたわけはなかったのです。

早朝、素人目にあんまりはっきりしない試合を見て、吉田沙保里さんが泣き崩れたとき、私はなんて素直な人なんだろうと全然関係のないことを思いました。絶対王者と言われ、連勝記録をつくり、そんな人がオリンピックで負ける。その悔しさを全身で表す。そのことについて、感動したんだと思います。私だったら、やっぱりちょっと見栄をはったり、強がったりして格好つけちゃうと思います。人柄なんだと思います。ああいう素直な人柄が人を惹きつけるんだなあと思いました。

 

私がもっとみたかった競技。それはテコンドーです。日本では濵田真由選手が代表で出ていました。世界選手権では金メダルを獲った選手です。オリンピックでは準々決勝で敗れてしまいました。私は二十代にテコンドーを習っていて、結構関心があるのだけれど、日本ではあまりメジャーじゃないのでやっぱりテレビでは少ししかやりません。カヌーでメダルを獲った羽根田選手が言っていたみたいに、誰かが活躍をすることで注目される競技もあると思います。そのことで競技人口が増えて強くなっていく。そういう環のなかにはいっていったらいいなと思います。

 

朝と夕方の散歩

オレちんの散歩に朝と夕方に行く。犬は、聴覚動物と言われ、ほとんど鼻と耳で周りの状況を把握しているんだと思う。最近、気づいたんだけど朝の散歩の方が念入りだ。入念にいろんなところのにおいを嗅ぎ、ゆっくりあちこち寄り道をする。探偵みたいだ。最初は、人間の方が朝、急いでいることもあって気のせいかと思っていたけど、気のせいじゃないらしい。

夕方から朝の時間は長い。夜が朝になる。朝から夕方になるのとは、やっぱり違う。ラジオ体操に「新しい朝がきた」とあるように朝は特別なんだと思う。そう思って、散歩をすると朝の匂いが分かる気がする。

『端正な折り紙』を少しづつ折ってみて

折り紙が趣味なのでいつも折り紙の本はチェックしているし、本もいっぱいある。この間、『端正な折り紙』という本に載っているほとんどの作品を一応折りおえた。部屋に飾っているのもあるし、人にあげたのもあるし、すぐに捨ててしまったのもある。折り紙を折るコツを私なりに伝えられたらと思う。マニアックなコツではなく、あくまで一般的なコツです。

1.子どもの遊びとは別物として考える、折り紙をなめない

子どもの頃やったから、感覚でできるはず。とたいていの人は思っていて、大概挫折するし、子供の遊びなら、折れなくてもいいやと思ってしまい、大人のプライドが傷つくのを回避して結局折れないままになる。大人になって、編み物やビーズの本にはちゃんと目を通すのに折り紙だとそうされないのが不思議だ。

2.前書き、記号の説明をしっかり読む

前書きには、この本を作った人の熱意や意図などが書いてあり、とても大事なところ。なのに全然読んでいない人が多いんじゃないかと思う。前書きと記号の説明を読む人なら、私の折るコツは無意味なくらい。記号の説明は、説明書だ。慣れている人は多少飛ばしてもいいけど、本一冊を通して使われるものなので、目は通しておく。

3.ゆっくり折る、焦らない、あわてない

ゆっくり、記号と順番を見ながら折っていく。一作品を何日かかけて折る場合ももちろんある。集中力が切れたらそこでやめるのも、一つの手だと思っている。途中で訳が分からなくなって折れなくなってしまう人は、記号を見落としていたり、順番を飛ばしていたりすることが多い。

4.あきらめない

その日にできなくても、次の日にできることもある。一週間くらい休んでいたら、できることもある。字の説明が理解できなくても、折れてしまうとなんだ、簡単じゃん。ということもよくある。繰り返し、今の図と次の図を比べて、折ってみる。

まとめ.折り図に慣れる

折り図とは、最初から完成までを図で示したもの。記号の説明は折り図を読むときに必須だし、順番も折りやすいように考えられて作られている。編み物やビーズの作品を作るときに読み方さえ知っていれば大抵のものは作れるように、折り図が読めれば、どんな折り紙でも折れる(はず)。ただ、折り紙の子供のもの、昔やっていた、という感覚から、手で折って見せながら折ってもらうということもある。そういう教え方が多いと折り紙は折れるんだけど、本を見てではさっぱり折れないという人になる。自分の記憶が頼りなので、忘れてしまうともう折れない。そうならないために、折り図を読めるようになることは必要だと思う。私自身、人よりゆっくり折るので、手で見せてやられると慌ててしまうので、折り図があった方がありがたい。

 

子どもの頃から、折り紙を本を見て折ってきたし、ビーズなどもやるので、ビーズはともかく、折り図が読めない人がいるということに思い当たらなかった。伝承の鶴やアヤメは折れるのに、折り図になった簡単なものは折れない。という人が多くてびっくりした。ので、一般的なことですが書いてみました。

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『端正な折り紙』から、ペガサスです。一枚の紙で折って、はさみも糊も使っていません。